覚えておくべき15歳 日系の新星

ハワイの海のイメージ画像
picklebouya

アメリカピックルボール界を騒がしている、まだ15歳の選手がいます。

その名は「Tama Shimabukuro」です。

ハワイ・ホノルル出身ですが、「島袋」という姓から分かるように日系のルーツを持つ選手。

その将来性の高さと異色ルートでの躍進は、日本のピックルボール愛好家としては、絶対に知っておくべき選手です。

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プロ評価と現在地

15歳までにプロ契約を結ぶことを目標としていましたが、それを前倒しする形で

14歳だった2025年9月にUPAと3年契約を結びます。

そして、現在PPA(Professional Pickleball Association)ツアーではシングルス30位台。

当然、このポジションにいる最年少の選手です。

2026年のMLP(Major League Pickleball) のドラフトでは全体9位指名

将来性を見込まれた「青田買い」であり、すでにプロ側から高い評価を受けていることが分かります。

ちまたでは

「次期ベン・ジョンズになるのは、この男の子だ」という声すら挙がっているそうです。

2026年1月には、世界5位のJWジョンソンをフルセットまでもつれ込む接戦も演じています。

2026年2月のケープコーラルオープンでは日本の船水雄太プロと組んで男子ダブルスで、タイソン・マクガフィン&マックス・フリーマン組に勝利してもいます。

動画は同大会準々決勝、世界1位ベン・ジョンズ&ガブリエル・タルディオ組との戦いの様子です。

先日に行われたグレーターザイオンカップでは第5シードのコナー・ガーネットを破る大番狂わせを起こしました。

またトップブランド、セルカーク(Selkirk)と契約していることからも、そのポテンシャルの高さは明らかです。

ピックルボールとの出会い

彼がピックルボールを始めたのは2023年夏です。

地元ハワイでスケートボードやサーフィンの有名選手だった彼は、スケートボードの試合のためアメリカ本土カリフォルニアに遠征中でした。

そこで小さなラケットを使ってミニテニスのような遊びに興じている人々の姿を見つけます。

Googleで検索し、その競技がピックルボールであることを初めて知ったそうです。

ハワイに戻った後、安価なネットを購入。自宅そばの道路でプレーし始めました。

「家族と楽しめるスポーツだと始めたら、そこからドンドンハマっていきました」。

そしてその年の夏が終わる頃には地元トーナメントに出場。

あれよあれよと勝ち進み、ハワイのコミュニティでは「ザ・キッド」といえば誰にでも名が通る有名選手となっていきました。

ピックルボールとの出会い

そして本土でも「ハワイからやってきた少年」の活躍は続きます。

2024年4月にはPPAのシングルスで銅メダルを獲得するほどになっていたのです。

コーチは付けていません。ラケット競技の経験もありません。

それでも2年でプロ契約に到達したというから驚きです。

異色スケートボード出身

もともとはスケートボードの競技者です。

6歳から始め、スポンサーが付くレベルまで到達。

オリンピックを視野に入れる位置にいた逸材でした。

動画は9歳の時のスケートボードの様子。

次々とジャンプを決めていきます。圧倒的なバランス感覚が見て取れます。

サーフィンでも、素晴らしい才能を発揮していました。

異色なプレースタイル

ゆえにプレーも典型的なラケットスポーツ出身とは異なります。

ディンクで組み立てながら、突然スピードアップで仕掛ける。

リズムを外し、相手の判断を狂わせるスタイルです。

コーチを付けず、独学で積み上げてきたこともあり、テイクバックや動きにも独特の個性が見られます。

大人の選手と互角に渡り合う俊敏性と、予測しづらいプレーが特徴です。

その自由なスタイルは、ハワイのローカル環境で培ったものに加え、動画からの学習や実戦での吸収が混ざり合って形成されたものです。

まだ15歳。

それでいて、すでにプロの舞台に立ち、結果を出し始めています。

この先、アメリカだけでなく世界的なスターへと駆け上がる可能性を十分に秘めた存在です。

Tama Shimabukuro。

今のうちに名前だけでも覚えておく価値のある選手です。

About Me
ピックル坊や
ピックル坊や
勝手に広めるンルン
大阪府生まれ。大学までテニス部。大阪から情報発信。ピックルに目覚め、ルンルン楽しく上手くなれるのか検証中
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